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2013年1月

2013年1月24日 (木)

★…北ロータリークラブで「女性宮家問題」


 23日は鯖江市北部の神明地区にある北ロータリー・クラブで話をしてきました。テーマは「女性宮家」の話です。日本が誇る天皇制がこれまで男系継承を貫いてきたこと、「女性宮家」の創設はそうしたこれまでの経緯と相容れないものであること、そういったことを話しました。

 宗教的な匂いがすると話がややこしくなるためか、天皇制支持者もいまは神道との関係について語りませんが、「神様の元締めが天皇」という考え方に立てば、天皇制は日本人の中を貫く、一種の宗教のようなものです。そういう性格であれば、そこに特有のルールがあるのは当然で、その一つに「男性継承=父方の血を受け継いでいくということですね」があるわけです。「女系継承」を認めるというのは、その根幹部分に関わる問題なのです。

 この日の参加者の皆さんはよく勉強していて、「女性天皇」と「女系天皇」の違いについてちゃんと理解されていましたが、その違いを知らないまま「女系天皇容認」が語られたり、「男性継承」が男尊女卑といった問題に矮小化されて語られていることが多くて残念です。これからも、「男性継承」について、もっと多くの人に語っていこうと想いを強くしました。

2013年1月19日 (土)

★…東京の駅地下の「HASEGAWA」の品揃え


 18日は打ち合わせで、東京日帰りです。ちょっと前に大雪に見舞われた東京ですが、この日は打って変わっての晴天でした。ただ、南青山のふくい291の近くのビルの前にはまだちょっと雪が残っていました。

 お店のお客さんからシャンパンの注文をあったので、帰りに東京駅の八重洲地下街にある「HASEGAWA」という酒屋さんに立ち寄りました。冷蔵庫の中にちょっと気になった銘柄を見付けたので、勇んでそれを買って帰りました。

 外がいくら寒くても、列車内に置いておくうちに温まってしまいますが、保冷剤のお陰で冷えたまま持って帰ることが出来たこともあって、お客さんはとても喜んでくれました。品揃え、価格とも、「HASEGAWA」はお薦めのお店です。

2013年1月18日 (金)

★…「ニウスな夜」第14夜をやりました


 今回の「ニウスな夜」はちょっと変則なスケジュールで、15日、17日の開催となりました。お題は「改憲はあるの !?」でした。出席者は15日は7人、17日も7人で、憲法改正までの手順を頭からお復習いし、その後、現行憲法の文章と自民党が出している憲法草案の文章の比較をやりました。



 やってみて解ったことは、衆議院に続いて参議院で改憲勢力が増え、改正案の発議に(提案に)必要な3分の2を超えたとしても、現実問題として憲法改正へのハードルは極めて高いということ、また、手続きが複雑過ぎて、対立点の多い条文の改正はいつまで経っても改正できないのではないか、ということです。



 まずは国会で、1条ごとに改正案を衆参でそれぞれ提案、可決していくことになりますが、改憲勢力であっても方向性が違う3分の2の中で1条ごとに条文を詰めるという作業はなかなか大変です。その作業をしているうちに当たり障りのない中途半端な改正になってしまっては、なんのための改憲が解りません。

 その後、可決された改正案が国民投票にかけられるのですが、国民の賛否も条文ごとに意思表示することになります。センター試験のようなマークシートに賛否を書き込んでいく作業になるといわれていますが、国民の中で対立点のある条文だけが(例えば9条のような条文が)通らず、それらを除く他の条文ばかりが改正されるという事態も予想されます。

 つまり、現行の規定の下で改正することになると、憲法がかえって歪むようなことに陥る可能性すらあります。その意味では、安倍政権が指向しているように、96条の改正をまずやって改憲へのハードルを低くすることに意味があります。それが妥協の産物による改憲を防ぐ道です。

 もう一つ、自民党の草案の文章に格調を感じないことです。これも、なんとも残念ですね。



 ところで、15日は私の51歳の誕生日でした。参加したE嬢から素敵なプレゼントを頂戴しました。また、15日に参加したH氏が17日の会に合わせてケーキとシャンパンを届けてくれて、それでみんなで盛り上がりました。

2013年1月17日 (木)

★…歯科医師会で尖閣問題


 「ニウスの夜」の間の16日、鯖江歯科医師会で話をしてきました。30人ほどの集まりで、「尖閣諸島について」というテーマでした。歯科医師会で話すのは、昨年に続いて2回目です。



 さて、昨年の国有化以来、中国公船の接続水域への侵入が日常化し、昨年12月13日には中国海監(日本では海上保安庁ですね)機による領空侵犯も起きています。この状態が続いていることで、海外の人たちの中に「日本と中国の間に領土紛争がある」と日々刷り込まれているわけですから、実に歯がゆい限りです。

 この日はそんな話に加えて、「中国がなぜ尖閣を取りたいのか」という基本的な話もしました。「資源があるから」というのも間違いないのですが、それ以上に戦略的にあの場所がホットコーナーなのであるということを知ってもらいたかったのです。

 何度も書いて来ましたが、中国にとって“台湾解放”は絶対命題です。場合によっては武力行使も厭わない、それが中国の基本姿勢です。そして、その台湾戦では、日本やアメリカの海軍を台湾に寄せ付けないようにしたい、と中国は考えています。

 そこで…。中国はグアム周辺のフィリピン海まで艦隊を押し出して、来援するアメリカ軍を迎え撃とうと考えているのです。その艦隊はアメリカ軍の前に全滅しても、いくらかでも打撃を与えることが出来たり、時間が稼げればめっけもん、その間に台湾を占領できればいいという考え方ですね。

 そして、中国大陸を囲っている日本列島、沖縄、尖閣諸島、台湾という防波堤からそのフィリピン海へ出るのに、いちばん守りの薄いところが尖閣諸島、だからこそ彼らは拘っているのです。日本がここに対艦ミサイル基地を設ければそれこそ中国を封じ込めるのですが、日本はそれをしてきませんでした。というのも、「現状維持」を維持することで、中国に日本の実効支配を認めさせていたからです。実効支配が続けば、日本には有利なわけですから、弱腰であってもそれはそれで一つの手でした。

 しかし、石原発言以降の日本の動きを、中国は「日本が一歩踏み出した」と感じているのですから中国も黙っていません(リアルな政治に理は通じません)。これから攻勢は強まってくるでしょう。一戦交えれば、海上自衛隊は中国海軍に圧勝するので簡単なのですが、中国と戦争したくないアメリカが許可しない以上、領海に入ってくる船を武力で排除するのも、日中開戦の端緒となるためままなりません。そういう事態に陥らないようアメリカは中国に自制を求めていますが、独自で動けない日本はまさにジレンマに陥っています。

 そうこうしている間にも、海上保安庁の船が中国の公船を追い払っているという表面的なニュースが世界中に毎日垂れ流され、海外では「日中間に領土問題あり」というイメージが定着しつつあります。詳細を知らない人たちにしてみれば当然で、イタリアの友人からのメールも「当然そうなのだろう」というトーンでした。

 実は中国もジレンマに陥っています。こちらは過去20年間の反日政策によって国民を洗脳してきたことがいまは指導部はとって重荷で、それに手足を縛られ、日本に一歩も譲歩できない状態です。ただでさえ不満が溜まっているところにそれをやれば、その不満に一気に火が着き、それが共産党支配を焼き尽くしかねません。そんなわけで、なかなか解決の糸口が見つかず、我々のイライラは募ります。

 この日も、私が話を終えた後、質問が続きました。その中で、アジアは中国とアメリカの力のぶつかり合いが続いてきたことに触れました。朝鮮戦争というと、朝鮮民族同士の戦争のようなイメージがありますが、実際に戦ったのは、中国とアメリカです。両者が、あの時代からぶつかり合っていることを忘れてはいけません。

 北朝鮮が崩壊すれば、アメリカの勢力が朝鮮半島の付け根、つまり中朝国境まで勢力を伸びてくる、そうなることを中国は当時も今もとても怖れています。あれこれ言いながらも、中国が北朝鮮をずっと支援しているのも、そこに理由があるのです。

 その中国とアメリカがいまは戦争をしたくない、というのですから、間に落ち込んでいる日本は困ったものです。

2013年1月13日 (日)

★…またも松山、温泉三昧


 11日は朝から松山に出掛けました。プロデューサーをしているコンサートのためです。

 今回のコンサートは、愛媛県美術館で行われている「文人画」を集めた美術展と連動した企画でした。コンサートにはNHK交響楽団の首席チェロ奏者の木越洋さん、ピアノの上杉春雄、ギターの鈴木大介さんを起用(コンサートの様子はこちら)、現地で待ち合わせました。

 ところが…。余裕を持って鯖江を出て「ゆ〜遊」で朝風呂に入ったまでは良かったのですが、羽田から松山に行く飛行機がなんと1時間近く遅れてしまいました。着いてみると、その前の便の操縦席にヒビが入り、それが折り返せなくなっていたことが解りました。そう、続いているボーイング787の故障の一つです。

 それでも午後に松山に入れたので、まずは借りておいたスタジオに直行、アーティスト3人で合わせをしました。その後、美術館の開館を待ってロビーで実際に音を出してサウンドチェック、そして、それを終えて関係者一同で和食屋に出掛けました。福井も肴は旨いのですが、瀬戸内の肴も格別です。そして、シメはやはり道後温泉でした。朝風呂を浴びたので、この日二度目の温泉ですが、やはり何度入ってもいいもの。「温泉に毎日浸かることが出来る人間とそうでない人間は寿命が違うのではないか」とは、木越さんの弁です。



 そんなわけで、翌日も早く目覚めたので、朝食を取ってからまた温泉です。今回は有名なあの建物の方ではなく、街がやっている新しい方の「椿の湯」という総湯に行ってみました。そしてその後、護国神社へ。敷地内には松山にあった歩兵第22連隊の忠霊碑などが点在しているのですが、中心になっている22連隊は沖縄防衛戦で玉砕している連隊です。こういう人たちが防波堤になって日本が残ったことを忘れてはいけません。





 続いて、タクシーの運転手さんから神社近くにロシア人墓地があるというのでそこを訪ねました。日露戦争の間、捕虜になったロシア軍の兵士たちは日本各地に作られた収容所に収容されたのですが、松山にも収容所があり、そこで帰国適わず亡くなった人たちの墓地です。行ってみると、近くの学校の生徒たちがボランティアで掃除に来ていました。偉いですね、子どもたちは。朝からすがすがしい気持ちになりました。



 今回はコンサートは午前と午後の2回でした。どちらも200人を超える人が集まり、とても喜んで貰えた幸せでした。その満足感に浸っていたのですが、飛行機の時間まで余裕があるとうことで、木越さんの提案でみんなでまた温泉に行くことになりました。2日目もまた2回も湯に浸ることになるとは…。しっかり暖まった足で、大阪に向かう飛行機に乗る私だけが先に現場を離れましたが、今回は温泉三昧の旅でした。

2013年1月10日 (木)

★…後輩の門出


 ビックリしました。新聞社時代の後輩S君が(千葉在住の48歳です!)8日夜、店に突然顔を出したのです。しかも、遠路はるばる車を飛ばしてきたというのです。元旦からひどい風邪で、この日もどうやらこうやら店を開けたところでしたが、「友遠方より来たる」はやはり、うれしいものです。おまけに…。ニヤッと手土産を差し出すではありませんか。それが「V22ーオスプレイ」のプラモデルで、発売されたばかりの在日米軍バージョンというあたりも気が利いています。気が付いた時には、店をもう閉めようとしていた和食屋さんに頼んでカニを分けて貰っていました。

 さて、訪問の理由は取り敢えず退社の挨拶ということでした。新聞社もご多分に漏れず、今は冬の時代で、この数年は早期退職者を募ることが常態化、その流れの中で、彼も昨年の9月末で退社しました。どの企業でもそうでしょうが、早期退職者を募ると、他のことでも食べていける「社に残って欲しい」人材から抜けていきます。企業側もそれは十分承知しているのですが、もう背に腹は代えられない状況なのです。この数年
、骨のある一騎当千の記者がたくさん辞めていきました。