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2012年12月

2012年12月25日 (火)

★…きょうのニュース解説 [ 12月25日 ] 笹子トンネルの通行止めが29日に解除


 笹子トンネル事故を受けた中央自動車道(中央道)の通行止めが29日に解除されることになりました。事故の後、現場付近で上下線とも通行止めが続いていましたが、生き残っていた下り線のトンネルの天井板の撤去など応急措置が終わったので対面通行で通すというのです。コンクリート製の天井板が崩れ落ちるーーそんなよもやの事故で9人が死亡したのは今月2日のことでしたが、そのニュースを聞いて、改めてあの時の中日本高速道路株式会社(中日本)の首脳陣の対応を思い出して怒りが込み上げてきました。

 あの時ーー記者会見が行われるまで数時間。しかも、会見に出てきた金子剛一社長ら幹部は「なぜ崩落したか分からない」や「老朽化もあるかもしれない」といった言葉を口にするだけ。自社がどんな仕事をしていたのか、そんなことすら説明出来ないのです。百歩譲って、知らなかったのならなぜ会見までに調べないのか、こうなると人として疑わざるを得ません。加えて、その下の担当者も質問に即答できない場面が目立ち、会見の後も、点検時期をめぐっての訂正が続きました。当事者意識の欠如だけが目立った会見と言ってもいいと思います。

 その後の調査で、天井板を支えるボルトが抜け落ちたことが原因と解りました。本来トンネルは、年に一度は「定期点検」を行い、5年に一度は「詳細点検」を行なわれることになっています。その「詳細点検」は、本来はハンマーのようなもので叩き、その音で取り付け具合や劣化や判断する「打音検査」をすることになっているのですが、彼らは「詳細点検」といっても2000年以降は目で見るだけの「目視検査」で済ませていたことも解ってきています。設備は古くなる一方なのに12年近くも放ったらかし。つまり、彼らの手抜きが事故に繋がったということです。

 では、笹子トンネルの維持・管理の責任を負っている中日本はどんな会社なのでしょう。この会社、2005年の「小泉改革」で誕生した会社です。あの時の改革で旧・道路公団が、東日本、中日本、西日本という3つの高速道路株式会社に分割され、民営化されたわけです。しかし、民営化後も3社への官僚の天下りは続いていて、いまだに「親方日の丸」的な体質をずっと引き摺ったままなのです。

 しかも、旧・道路公団時代が分割されたことで、彼らのような「事なかれ主義者」のための天下りポストが増えているのです。旧・道路公団時代は、役員は総裁、副総裁、理事の計8人でした。それが現在は、取締役と専任執行役員を合わせると、3社で51人に増えました。中日本は取締役6人、その年間報酬総額は1億1158万1000円(平均1860万円)で、6人のうち2人が国土交通省からの出稿者とOBです。その下にぶら下がっている、いわゆるファミリー企業15社の役員に旧・道路公団の出身者が35人もいます。

 私は、天下りがすべて悪いと言っているのではありません、中にはやる気のある人もいるはずです。しかし、少なくとも12年近くも杜撰な検査体制を放置していたのですから、いまの幹部たちには「人の命に関わる仕事に関わっている」といった責任感が希薄だったことはハッキリしています。そして、安全を後回しにしていたことは、数字をみれば一目瞭然です。有価証券報告書によると、12年3月期の連結売上高は約6000億円で、当期利益は約69億円です。ところが…。昨年度の「維持修繕費」のうち、「土木構造物(トンネル)修繕」は売上高の0.1%にも満たない5億円。一方で、社員の平均年収は約800万円。安全は二の次、三の次、民営化は競争がある業種でないと意味がなく、単なる手抜きを招くということがまた一つ明らかになりました。

 もう一つ驚いたことは、経営陣の危機感のなさです。本当の民間企業なら、こんな大事故を起こせば一発で経営危機に陥っても不思議ではありません。真の経営者ならば、そのことも心配するはずです。しかし今回、彼らには危機感もなければ緊張感も希薄です。つまり、所詮は他人事といった風情なのです。そこにあるのは…。「親方日の丸」的な体質です。あれだけの原発事故を起こしながら、「どうせ潰れない」と、当事者意識の乏しい東京電力と同じということでしょう。

 それにしても、いったい、いつからなのでしょうか、日本人がこんなに無責任になったのは。それでも処罰されないまま彼らが放置されてしまう状況は本当に嘆かわしい限りです。

 加えて、もう一つ問題があります。それは民間会社になったことで、彼らに国民の監視の目が届かないことです。旧・道路公団時代は国会の監視の目がまだ届いていましたが、いまは昔の話です。今回の事故で、「小泉改革」によって民営化された3社が、かつての道路公団以上の天下り企業に堕してしまっていることが改めてハッキリしました。新しい内閣には、民営化された事業を継続的に監視する委員会などを作ってもらいたいと切に願います。

2012年12月22日 (土)

★…「ニウスな夜」第13夜をやりました


 19日、20日で「ニウスな夜」第13夜を行いました。今回のお題は「日本の2013年」。直前に行われた総選挙では自民党が圧勝し、また政権を担うことになりました。それを含めて2013年を展望してみました。1日目が10人、2日目は8人の出席です。

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 以前から触れていますが、今年2012年は世界の主要国で政権が交代するという節目の年でした。3月のロシア大統領選挙を皮切りに、5月のフランス大統領選があり、11月にはアメリカ大統領選が行われ、中国でも新しい指導部が選出されました。加えて、日本の政権交代。最後の最後で、希にみる激戦となった韓国大統領選挙では初の女性大統領が誕生するといった具合です。

 さて、そんな新しい顔ぶれがぶつかり合う2013年は、間違いなく「政治の年」になるでしょう。外に向けては日米、日中、日韓との関係改善をやらねばならないのはもちろんですが、それより何より、夏に参議院選挙があるからです。そしてこの参議院選挙の結果がその後の日本の進路に大きく変える天王山になるーー今回の「ニウスな夜」で強調したのはそのことでした。

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 多くのところで指摘されていますが、今回の自民党の圧勝は、自民党への指示が熱狂的に広がっているからではありません。(1)投票率はなんと戦後最低で、有権者の6割しか投票しておらず(2)しかも、その投票の56%が死票になってしまい(3)自民党の比例区の得票数も1669万票と、05年の小泉郵政選挙の時からは1000万票近く減り、民主党に大敗した2009年の総選挙の時よりも220万票も減っているのです。

 一方で、参議院の「ねじれ現象」も残っています。参議院では民主党がまだ第一党です(88議席)。参議院は定数242(欠員6)ですから、採決に加わらない議長を除いて過半数を得るには118議席が必要ですが、自民党(83議席)と公明党(19議席)合わせて102議席で、過半数に16議席足りません。自公で過半数を制するためには、夏の参議院選挙で(改選数121議席)63議席以上を獲得しなければいけません(自公の改選数は44議席)。

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 つまり、政権に返り咲いたとは言っても、安倍内閣への支持は一気に霧散する危険性を孕んでいる上、夏の参議院選挙に勝てないと、本当の安定政権を作ることが出来ないということですね。ですから自民党は全力で参議院選挙に勝とうとするでしょう。その背景には改憲勢力が衆参で3分の2を占めることに繋がることも関わっていますから。そして、改憲に反対する人たちもそれが解っているだけに、参議院選挙では正面からぶつかるでしょう。来年が「政治の年」になると思う理由がここにあります。

 ただ、改憲については悲観的にならざるを得ません。衆参の数合わせでは、参議院選挙で日本維新の会が公明党と並ぶような議席を取れば、改憲に慎重な公明党と手を切って連立の相手を代えるという選択肢もあるようにもみえますが、自民党がいまの議席を維持できているのは、実は公明党の組織票あってなのです。各選挙区に2万票前後あると言われるそれが自民党候補に投じられなくなれば結果は一目瞭然ですね。となると、改憲に踏み込んだとしても、公明党の顔色を覗いながらのものとなる………。そんな話もしました。

 さて、次回の「ニウスの会」はちょっと変則で、16日に歯科医師会で話をしなければいけなくなり、1月15日(火)、17日(木)に行います。

2012年12月17日 (月)

★…きょうのニュース解説 [ 12月17日 ] 総選挙で自民党が圧勝


 予想されたことでしたが、今回の総選挙は自民党の圧勝に終わりました。しかし、その圧勝が「戦後最低の59.32%という低投票率」、「トップしか当選できない小選挙区制」という選挙制度の手助けがあったことを忘れてはいけません。水ぶくれ的に「何でも出来る議席数」を奪ったとはいえ、自民党の比例選(定数180)での得票率は27.62%で、彼らが大敗した前回2009年の衆院選の26.73%と同水準ですから、内容的には寂しい限りの「政権交代」でした。

 ただ、「何でも出来る議席」が自民党に転がり込んだこと、もう一つ、失速した「維新の会」が50議席を確保したこと、この現実は、これからの日本を大きく左右するような気がします。戦後初めて、「改憲」が現実の政治日程に上ってくるからです。自民党と連立を組んでいる公明党は「改憲」には慎重ですが、「維新の会」が公明党の代わりに「改憲」の補完勢力として存在していることの重みは否定できません。これで衆議院は「改憲」に向けて態勢が整いました。

 もちろん、「改憲」には参議院でも3分の2の発議が必要ですから、7月の参議院選挙がその行方を大きく左右することになります。ここで日本をどうするかの大きな分かれ道、最終決戦が来るのだと想います。

 その決戦の形がどうなるか、それを見極めるにはもう少し時間が欲しいのですが、大きな違いは「お上」というものを自分なりにどう考えるか、ということに尽きると思います。日本の「お上」の正体は、自民党と中央官僚によるタッグです。その「お上」とよろしくやることで自分の商売を繁盛させようとするのか、それとも、そうした「お上=中央集権」と決別してまったく別の道を探るのか、その違いと言った方がいいかもしれません。

 その最終決戦に、さらに「改憲」が絡んでくる。「不磨の大典」だった憲法改正について、賛成・反対が正面からぶつかり合う日本というのを見てみたい、スリリングな時代を見つめること、それがジャーナリストの端くれとしての本音です。

 私自身は改憲論者です。子どもは嘘に敏感で、「自衛隊は自衛隊であって軍隊ではない」なんていう大人の嘘を見透かしています。そして、こうした方便こそが、子どもたちに「嘘をついてもいい」ということを植え付けている元凶だと思っています。ですから、軍隊を軍隊として、ちゃんと認めることには大賛成です。

 しかし…。だからと言って、戦前のような「神掛かった」ことを復活させることは、私に宿っている拙い理性が許しません。だからこそ、「改憲」論議が巻き起こる中で、私もあれこれ言いたい。その土俵が用意されることは大歓迎です。

 もう一つ、私の拙い理性が受け入れがたいことがあります。それは今の選挙制度です。今回の「死票」の多さ、これを私は受け入れがたいのです。全300小選挙区の合計で、「死票」はなんと約3730万票ですよ。小さな国なら、全有権者に匹敵する数です。「死票」が多くなる背景に12党が乱立したことがあることは解っています。それでも、こんな「死票」が出るような仕組みは、「民意を反映させる仕組み」として欠陥があります。

 よく考えてください。「59.32%という低投票率」なんですから、10人のうち6人しか投票していない。その中でこれだけの「死票」が出るわけです。自民党の圧勝と言っても、実はごく一部の人の票で決まったようなものなのです。これでは、政権発足後、その反動も大きく出て来て、政権支持率はちょっとしたことで急落(支持していない人たちの方が多いのですから)、政策遂行に大きな障害となります。

 そこに加えて、1票の格差の問題があります。二つの弁護士グループがきょう17日、今回の衆院選は違憲だとして、27選挙区の選挙無効を求めて一斉提訴しました。衆議院は解散した11月16日に「0増5減」を盛り込んだ選挙制度改革法が成立させましたが、区割りを見直す時間がなかったことで、最大格差は2.43倍のまま総選挙が行われました。こんなことをいつまで放置しておくのか。「選挙区調整であいつが割を食うのはなあ…」なんて次元で、選挙制度をいじれないようでは国政を任せません。

 その二つから言っても、本当の「審判」と言っていいのかどうか疑問が残ります。

 選挙制度についていまでも思い出すのは、昭和、平成と二代に仕えた故・山本悟侍従長の話です。山本さんは元々は自治官僚です。夜回り取材で自宅にお邪魔した時、皇室絡みの話はしてくれないため(!)、導入されたばかりの小選挙区制度について話を聞いたのです。
笠智衆よろしく(!)、縁側で山本さん自ら靴磨きをしながらの話でしたが、「中選挙区制では必ず自民党が多数を取る。それが良いか悪いかは別にして、折々の風でオセロのように政権がひっくり返るような仕組みを導入しないと風穴が開かないという声がある。実験ではあるが、一度やってみる価値はあるかもな」と言っていました。

 当時は自民党の長期政権が続き(それこそ「お上」の一翼なのですが)、時代はそれに膿んでいたこともあって総選挙区制は1996年から導入されました。実験なのですから一度やってみるのは解ります。しかし、ここまでくればもう結果は明らかです。結果をみて潔く引っ込めることも、政治の仕事です。

 私は個人的には、その時の政治状況を細かく反映する比例代表制の導入に賛成です。比例代表制の導入というと、必ず「小党乱立になって政治が安定しない」という反論が返って来ますが、私に言わせれば、小党乱立こそ大歓迎なのです。なぜなら…。そうなれば、日本も連立政権が当たり前になるからです。

 連立政権のいいところは、政党間でちゃんと協定を結ぶところです。これが大事で、それを結ぶとなると、これまでのような「なあなあ」の野合が出来なくなります。そして、その文章の中で、連立政権がめざす方向性もはっきりし、国民にも解りやすくなります。玉虫色の決着ばかりで、政権がどっちに進むのか解らないような、これまでの政治はもういい加減止めないといけません。国民に無力感を味わわせ、政治離れを加速するばかりです。

 衆議院が地元から議員を送り出すという意味で選挙区選挙をするのであれば、参議院はガラッと方向性を変えて比例代表制にして、人ではなく、政党の政策競争の場にしたらどうでしょう。二院制を維持するのであれば、似たような二院を持つことの意味をもっと考えた方が良いと思います。

 繰り返しますが、私自身は改憲論者です。だからこそ、「改憲」に挑むなら、いまのような欠陥だからけの制度でなく、もっとちゃんとした選挙制度に則って勝ってから、真摯に進めて欲しいのです。

2012年12月15日 (土)

★…きょうのニュース解説 [ 12月15日 ] 低調な期日前投票


 総務省がきょう15日、14日現在の期日前投票者数が925万1049人だったと発表しました。前回の衆議院議員選挙では(2009年ですが)、同時期で1094万4845人だったので、15.5%の減少です。全47都道府県で前回よりも減少しており、最も落ち込みが大きかったのは富山県で25.9%減です。現行の制度が導入された04年参議院選挙以降、期日前の投票者数は衆院選、参院選いずれでも増え続けてきましたが、今回初めて減少する可能性が出て来ました。

 その数字を見るまでもなく、今回の選挙戦は政権交代がかかっている(民主党が政権の座から降りる)割に盛り上がるに欠けます。師走ともなれば、昔ほどでないにしろ、やはり街には何かしらの「ワクワク感」が漂います。そこに地方にとっては“お祭り”の一つでもある選挙が加われば、街がもう少し熱を帯びても良いと思うのですが、そんな感じは微塵もありません。なぜ、これほどまでに盛り下がっているのか……多くの識者が分析していますが、最大の原因は「日本維新の会」の失速が最大の原因でしょう。期待が大きかった分だけ、その反動もまた大きかったのです。維新の失速は、非民主、非自民の、いわゆる「第三極」全体に対する期待感まで奪ってしまったように感じます。

 「維新」が失速した最大の要因は、それは多くの人が指摘しているように、石原慎太郎氏率いる「太陽の党」との合流です。維新への期待は、いつも「なあなあ」の政治家たちとは一線を画した素人らしい清新さにあったはずです。それが合流ですっかり失われました。加えて、政策は二転三転。当初掲げていたものとは、似ても似つかぬものになりました。それまでの支持者の失望を誘ったことは間違いなく、お店のお客さんの中にも、ハシゴを外されたという想いを抱いた人がかなりいました。

 なぜ合流したのか、理由は未だに判然としません。石原氏、橋本氏双方とも、個人的な人気を過信していたのでしょうか。石原氏が「小異を捨てて」と口では言うものの、実際は他の勢力に対して最も排他的な態度を執り続けていたところからも、それは伝わってきます。「維新」に吹いていた風で「太陽の党」の仲間を救済したかった、そのあたりが石原氏の本音でしょう。橋本氏も、もちろんそんなことは百も承知だったと思うのですが、結果は「暴走老人に引きずり回された果ての維新の自滅」にしか見えません。

 合流で「維新」への追い風が止みました。期日前投票者数は「維新」のお膝元の大阪府でも前回比89%、都知事選とダブル選の東京都でも84%どまりですから、高い投票率は臨むべくもないでしょう。その裏側には、関心の高かった層の棄権が増えるからとみます。無関心ゆえの棄権ではなく、考えに考えた上で「入れるところがない」という棄権です。そして結果は1+1が3になるどころか、2より減ってしまう怖れすらあります。両者の“離婚”は時間の問題でしょう。

 多くの選挙予想が自民党の圧勝を予想していますが、自民党への期待が高まっているという空気も、私の周辺を含めて実は希薄です。しかし、政党乱立で票が割れることで結果的に自民党が漁夫の利を得るというパターンでそうなるわけです。乱立は票が割れるだけではなく、実はテレビの放送時間も割ります。12党を5分間ずつしゃべれるだけで1時間。これでは番組を作ること自体が難しく、そのため「第三極」が取り上げられる頻度も激減してしまいました。未だに政党間の違いが伝わって来ないという声が多いのは、そのあたりに原因があります。

 また、勝った自民党にしても大変です。敵失で圧勝するだけで、安倍総裁周辺が掲げている政策が圧倒的な支持を集めているというわけではないからです。まずは自民党、あるいは自民党と公明党の連立政権内での調整が待っています。しばらくは腰の据わらない政権運営を余儀なくされます。加えて、参議院では民主党がまだ多数派です。この数年続いている衆参の「ねじれ現象」がこれからも続くのです。

 その意味では、この夏の参議院選挙が大きな意味を持つことになります。今回の勝利を受けて自民党は半年で衆議院をまた解散し、ダブル選挙に持ち込むとみていますが、国民の間にたまっている現状に対する怒りのマグマは、今回はキャリーオーバーとなって、次の選挙で吹き出すことになりそうですね。

2012年12月10日 (月)

★…「ニウスな夜」第13夜は「日本の2013年」をやります


 等身大のニュース解説「ニウスな夜」のご案内です。

 「ニウスな夜」では、折々のニュースについて、私が資料を使いながら店「バー・ステーション」で2時間ほど解説をしています。3週間に1回の集まりも、早いものでもう第13夜になりました。今回は12月19日(水)、20日(木)午後7時半から行います。

 これまで女性宮家、尖閣諸島問題、原発、北陸新幹線、年金や、生活保護といった問題を取り上げてきました。また、「沖縄の逆襲」、「幕末・福井劇場」、「初めて知る中国政治」といったお題を掲げて解説を続けてきましたが、今回のお題は「日本の2013年」です。

 今年2012年は、世界の主要国で政権が交代するという珍しい節目の年です。3月のロシア大統領選挙を皮切りに、5月のフランス大統領選があり、11月に入ってアメリカ大統領選が行われ、中国でも先月、新しい指導部が選出されました。さらにこの後、韓国大統領選挙、そして予定になかった日本の総選挙がこの年を締め括ることになりました。直前に行われる日本の総選挙の結果も含め、2012年を総括しつつ、来年13年を展望します。
事前にこの問題を調べておいてもらいたいということがあればご連絡ください。

 19日、20日とも同じ内容で話をしますので(1日15人)、都合の良い日にご参加ください。会費はコーヒー飲み放題付で1500円、希望者はメールでご連絡ください。

2012年12月 4日 (火)

★…町おこしのための「東京駅」


 週末は愛知県知多市でコンサートの仕事があり(コンサートについてはこちら)、その後、打ち合わせなどがあって東京に行ってました。そのついでに、前から気になっていた埼玉県の深谷市という町に行ってきました。埼玉県北部にある10万人ほどの町で、東京駅から新潟に向かう上越新幹線で熊谷駅まで行き、そこからJR高崎線で2駅目です。1時間弱でした。

 なぜこの町に出掛けたのか。ちなみに「ふかや」という名前でピンと来る人がいるかもしれません。そう、深谷市は、あの「深谷ネギ」の名産地。白身の多いネギは薫り高く、私も大ファンです。知らないところでチューリップの生産量が日本一(私もてっきり富山の砺波だと思っていたのですが)。加えて、現代人の食文化には欠かすことの出来ないアイスキャンディー「ガリガリ君」を製造・発売している赤城乳業(株)の本社や工場もこの町にあります。古いところでは、べらんめえ政治家で有名な荒船清十郎氏が、運輸大臣の時に自分の選挙区にある深谷駅に急行を停車させるよう国鉄に働きかけたことが問題になって引責辞任した事件もありました。1966年のことです。

 しかし今回、足を運んだのは、そういったことにはまったく関係ありません。深谷駅の駅舎そのものを見るためでした。というのも、この駅舎、鉄ちんの間では「東京駅にそっくり」と言われているのです。行ってみると、駅舎は確かに東京駅を小さくしたようなデザインでした。

 なぜ、この町にこんな駅舎が出来たのか。それはこの町のもう一つの歴史と関係しています。実は深谷は明治の実業家で「日本近代資本主義の父」とされている渋沢栄一(1840〜1931年)の生まれた町なのです。北口の青淵広場には和服姿の渋沢の銅像が建っていました。深谷市血洗島(ちあらいじま)出身の彼は明治20年(1887年)、故郷であるこの町に日本初の機械方式による煉瓦工場「日本煉瓦製造会社」を設立、その赤煉瓦を使った近代建築物が明治期から大正期にかけて全国に数多く作られました。

 そして、それが縁でこの町は、いまも「赤レンガを活かしたまちづくり」を推進しているのです。今回は深谷駅しか行けませんでしたが、市の案内によると、他にも深谷市総合体育館、浄化センター、温水プールなどの外観が煉瓦造りになっている上、東京都世田谷区にあった渋沢ゆかりの「誠之堂」や「清風亭」なども市内に移築されているそうです。



 さて、その日本煉瓦製造の赤煉瓦、東京駅の内部構造用になんと800万個も使われたそうです(表面の赤煉瓦は品川煉瓦や大阪窯業のものなのだそうですが)。深谷の駅舎が東京駅のミニチュアになった理由もそこにあります。駅舎自体は1996年(平成8年)、総工費35億円をかけて建てられた比較的新しい建物ですから一種の「町おこし」のための建物です。内部もコンクリート造りで、実は赤煉瓦の化粧パネルを外側に貼ってあるだけという普通の駅ですが、それでもこうしてライトアップされると、レトロな雰囲気が漂って存在感抜群です。「赤レンガを活かしたまちづくり」の表玄関としてちゃんと役割を果たしていますね。

 ところで、話が前後しますが、今回は東京で、東京駅のあるラーメン屋に久しぶりに行ってきました。八重洲北口の地下街にある「旭川ラーメン・番外地」という店です。東京駅では今、「六厘舎TOKYO」など有名店8店舗が集まる「東京ラーメンストリート」が南口側に誕生し、行列が耐えないほどの人気ですが、この「番外地」は地下街の反対側にある知る人ぞ知る老舗です。売りは煮干し系のスープが効いた「醤油ラーメン」。私はもう20年前にある滋賀県出身の国会議員に誘われて初めて行ったのですが、それから足繁く通いました。


 訪れたのは5年ぶりくらいですが、老舗ながら素っ気ない店の雰囲気は昔のままで、入口で食券を買うスタイルも昔から変わっていませんでした。昼時でもないのに席が埋まり、みんなが黙々と丼と戦っている光景から想像するに、やはり近場のサラリーマンの中に根強いファンが多いようです。私はここの「味噌ラーメン」が好きで、今回はそれに野菜炒めを載せた「味噌野菜ラーメン」を食べました。一見、我々のソウルフードでもある「8番ラーメン」に似ていますが、深みがまったく違います。一度行ってみてください。

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