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2012年10月

2012年10月31日 (水)

★…「ニウスな夜」第11夜は「幕末・福井劇場」でした


 アップが遅れました。先月24日、25日に行った「ニウスな夜」第11夜についての報告です。今回はニュース解説のスタイルを離れ、「幕末・福井劇場」というテーマでしたが、それ故か(!)1日目はなんと過去最高の14人、2日目は7人の出席でした。




 幕末と言えば、誰でも思い浮かべるのが薩長と坂本龍馬たち勝ち組の活躍、そして幕府側の新撰組や白虎隊の悲劇です。ところが、幕末こそ、「福井人」たちが政治の中心で最も活躍した時期だったことは福井の人間たちもあまり知りません。明治以降、勝ち組にばかり光が当たってきたからで、福井藩や小浜藩が幕末の重要なプレイヤーだったことはすっかり忘れられています。そこで幕末期の福井の動きをもう一度見直してみたわけです。




 では、幕末期には、どんな福井人たちがいたのでしょう。

 まず、福井藩主の松平慶永(よしなが、=春嶽)です。その慶永は優秀なブレーンを抱えていました。政治顧問の横井小楠(よこい・しょうなん)を筆頭に、中根雪江(なかね・せっこう)、由利公正(ゆり・こうせい)、橋本左内(はしもと・さない)がいました。これが当時の「チーム福井」です。横井は肥後(熊本)藩からスカウトして招いた人物で、その近代的な思想は、坂本龍馬はじめ、幕末の志士たちに大きな影響を与えました。中根は慶永の側用人、由利は坂本と親しく、橋本は薩摩藩の連絡役だった西郷隆盛と繋がっていました。

 その一方で、大老・井伊直弼(いい・なおすけ)の幕閣として活躍した人もいます。鯖江藩主・間部詮勝(まなべ・あきかつ)、小浜藩主・酒井忠義(さかい・ただよし)の二人です。ともに二度目なのですが、間部は老中となり、酒井は京都所司代に就任して井伊を支えました。

 井伊は大老に就任すると、幕府にもの申す人たちの粛正に取り掛かりました。それがいわゆる「安政の大獄」です。間部がその実行に当たる形で作戦は発動され、「チーム福井」は攻撃が加えられました。慶永は隠居謹慎、橋本は捕まって処刑されました。この時、元・小浜藩士の梅田雲浜(うめだ・うんぴん)も捕まって獄死します。酒井に嫌われて小浜藩を追われた梅田でしたが、朝廷工作に暗躍して、朝廷を尊皇攘夷に転換させる上で重要な役割を果たすわけですから、歴史とは皮肉なものです。

 その井伊体制は、井伊が「桜田門外の変」というテロに遭って崩壊します。そして、復活なった慶永は、以前にも増して国政の中心で活躍するようになります。後に15代将軍となる一橋慶喜(ひとつばし・よしのぶ)が将軍後見職に就任すると、政事総裁職(以前の大老ですね)に任命され、公武合体運動の中心人物となっていきます。薩摩藩の島津久光とは同盟関係に近い強固な結び付きを持ち、土佐の山内豊信(とよのぶ、=容堂)らと並んで政治の中心で活躍したのです。




 長州藩が外国船への攻撃を始めると、福井藩はなんと、14代将軍将軍・家茂(いえもち)が滞在している京都を軍事力で制圧しようとする「挙藩上京計画」を立てます。軍事力を背景に、朝廷と幕府双方に「各国の公使を京都に呼び寄せ、将軍、関白が外国人の意見を聞き、その上で明らかとなる“道理”に基づいて鎖国、開国、和戦を決めるべき」ということを呼びかける、という大胆な計画でした。立案したのは横井です。

 後に「薩長連合」を結んで薩摩と長州は倒幕へと向かいますが、この時はまだ、長州は攘夷を叫ぶだけの跳ねっ返りものでした。むしろ福井藩こそ、当時は薩摩藩のベストパートナーで、この「挙藩上京計画」にも薩摩藩の協力が織り込まれていました。しかし、実行直前になって家茂が離京するなど状況が変化したことで実行を躊躇い、結局は中止されてしまいます。深く失望した横井が福井を去ることになりますが、小楠は福井を去りましたが、薫陶を受けた由利公正は「議事之体大意」を書き、それが「五箇条の御誓文」の元になりました。

 明治維新がなって、幕末のキーワードは「薩長土肥」になりました。幕末期を担ったのが、薩摩藩、長州藩、土佐藩、肥前(佐賀)藩だったと言っているわけですが、これは、いわゆる“結果論”です。当時の実態を言えば、江戸に代わって政治の中心となっていた
 京都の治安を守っていた会津藩、そして福井藩の存在の方がずっと大きく、現実に重要な役割を担っていたのです。「チーム福井」がこれほど政治の中央にいたのは、後にも先にもこの時だけです。

 ところで、「安政の大獄」の時、鯖江藩は井伊側にいて、福井藩を弾圧する方に回りました。幕府の仕事ですからそれも仕方ないのですが、とはいえ、地元の福井の人間の間では複雑なものがあるのではないか、という疑問がありました。その疑問に答えてくれたのが、2日目出席の船津神社の橋本政宜宮司(東京大学名誉教授)でした。宮司の話では、一昔前は、福井の人の前で鯖江の人間だというとちょっと嫌な顔をされるようなことがあったらしいのです。宮司の話はどれもとても面白く、鯖江藩のとっておきの話もたくさん出ました。参加者は大喜びです。こういう出会いは本当に楽しく、実に充実した時間になりました。

2012年10月19日 (金)

★…きょうのニュース解説 [ 10月19日 ] 連載中止を決めた「週刊朝日」のお粗末さ


 日本維新の会の代表で、大阪市長でもある橋下徹氏の出自に関する「週刊朝日」の連載記事について、出版元の「朝日新聞出版」が19日、掲載の中止を発表しました。連載記事が初回だけで打ち切られるのは極めて異例のことです。朝日新聞社広報部もそれに合わせ、「当社から平成20年に分社化した朝日新聞出版が編集・発行する「週刊朝日」が今回、連載記事の同和地区などに関する不適切な記述で橋下市長をはじめ、多くの方々にご迷惑をおかけしたことは深刻に受け止めている」とコメントを発表。つまり、朝日側の完敗です。

 それにしても、この連載については、私も憤りを覚えました。橋本氏が記者会見で述べた通りで、政治家・橋下徹のことは、事実に基づくことであればいくら悪く書いても構わないと思います。むしろ、マスコミの役割は、権力者のことを白日の下に晒すことにあります。

 しかし、その出自については、今さら本人には(書いた本人もです)どうすることも出来ないことです。それを百も承知で、書くということは、本人を貶めようする意図があったと言われても仕方ありません。死んでしまっている彼の父親に直接話を聞くことは出来ません。勢い、記事は伝聞情報を基に書くしかありません。“その程度の取材”で「本性をあぶり出す」と見出しでうたっているのですから、メディアとしては話になりません。これが第一の問題です。

 第二の問題は、記事が死んだ橋本氏の父親を貶めていることでしょう。部落出身者だからといって、死んでなお、なぜ彼は貶められなければいけないのか…。そこには人権意識は微塵もありません。その意味で今回の事件は、最近では希な人権問題なのです。

 第三の問題は、連載が進んでいく過程で、「どこが部落なのか」ということを世に知らせることになることです。もちろん、地元の人や関係者の間では、とっくに知られていることでしょう。しかし、だからといって、それを免罪符にして、マスコミがさらに広く伝えることはないでしょう。そして、その行為が、これまで部落問題の解消に真摯に取り組んできた人たちを裏切ることになること、これが第四の問題です。

 今回、朝日新聞は“編集権の独立”を盾に“あずかり知らぬこと”という態度を取ってきました。現実は彼らがいう通り、資本関係があるだけで(100%子会社です)、日々の紙面(週ごとの誌面)については、お互いにまったくノータッチでしょう。しかし、一方で、橋本氏が指摘した通り、組織としては、新聞と雑誌の間で頻繁に記者の交流を行っていることからも解るように、組織としては実質的に一体なのです。

 以前、読売新聞の渡辺会長が原監督の解任する際、「読売グループ内の人事異動だ」と言い放って世間の顰蹙を買いました。今回はその逆、朝日の対応は「グループは一体なのに別会社であると逃げる」、実に姑息なやり方です。それが許されるのであれば、橋本氏が指摘したように、子会社のトンネル会社を使って違法なことでも何でもやれてしまって、責任を負わなくて済むということになってしまいます。しばらく様子を見ていてください、今回の件で編集長は更迭されるでしょうが、朝日新聞に戻るか、系列会社に移るはずです。それをみれば、一体であることは一目瞭然です。であれば、知らん顔はないでしょう。これが第五の問題です。

 今回の
記事自体を書いたのは、ノンフィクション作家の佐野眞一氏です。しかし、載せるかどうかは編集部の決定です。私がいちばん知りたいのは、編集部の中に「この連載は問題ではないのか」という声を上げた人間がいたのかどうかです。水平社宣言からこの方、多くのマスコミ人が日本から部落問題がなくなるよう取り組んできました。もし、誰もいなかったのだとしたら、我々は何をやってきたのでしょう。 

 もう一つ、
今回の連載がひいては、血縁主義や出生主義を認めてしまうことに繋がっていくという橋本氏の指摘です。司馬遼太郎が『坂の上の雲』に書いたいた「本人の努力次第で何にでもなれた」、このことが日本の発展を支えてきたということをどう考えるているのでしょう。それがそこまでマスコミが劣化してしまっているとしか言いようがありません。

 最後は佐野氏です。この原稿をどんな意図で書いたのか、それは本人の弁を待つしかありませんが、今のところ表には出て来ません。人を叩いておいて、自分は「週刊朝日から出ないでくれ」と言って表に出てこないのでは…。これではひとことを書く資格なしです。いずれにせよ、今回の騒動で、氏は晩節を汚しました。

 どれもこれも、とても残念なことです。

2012年10月16日 (火)

★…きょうのニュース解説 [ 10月16日 ] 仰天した文科相の洗濯機プレゼント


 なんなんでしょうか、この話。ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まった山中伸弥京都大教授(50)に対して、閣僚から寄付を集めて洗濯機を贈るという話です。震源地は田中真紀子文部科学相。16日の閣議後の記者会見で、文科相は「さぞ生活者としてお困りだろう。閣僚の頭割りで寄付したらどうか」と提案、全閣僚から同意を得たと胸を張っています。今後、閣僚の寄付に法的な問題点がないかどうかを検討した上で贈るというのです。

 山中教授は確かに受賞後の記者会件で、自宅の洗濯機が故障したのでそれを修理をしていたところに連絡を受けたと会場を沸かせました。しかし、これは、多くの人が指摘しているように「いつでもどこでも笑いを取ろうとする」関西人らしさを伝えるエピソードです。それを受けて洗濯機をプレゼントとは。話題作りを狙った、文科相のスタンドプレーそのものです。先が思いやられます。

 政治家の責務はそんな“私”へのプレゼントではなく、iPS細胞の研究という国の発展に役立つ研究をサポートする“公”としての体制をつくることでしょう。それが不十分だったから、山中教授はマラソンを走って寄付を募め、“公”が用意すべきお金を“私”の努力でカバーしてきました。それもこれも、麻生政権時に決まった「最先端研究開発支援プログラム」でようやく動き出したiPS細胞の研究などの研究費を、民主党が削ったからです。政権交代後、総額2700億円の研究費を30人の研究者に配分するというプログラムが、民主党政権によって3分の1の1000億円に減額されてしまいました。

 当時、山中教授は朝日新聞のインタビューに答え、「iPS研究は国際競争を勝ち抜く重要な時期。せめて10年、資金繰りと雇用を心配せず、研究に没頭させてほしい。成果が出なければクビにしてもらってもいい」と、その悔しさを語っています。受賞が決まった途端、民主党政権は「今後10年間で約300億円を助成する」とぶち上げましたが、山中教授をはじめとする研究者たちはこの掌返しに「なにを今さら」と白けた気分でしょうね。 

2012年10月15日 (月)

★…きょうのニュース解説 [ 10月14日 ] 読売だけじゃない、特ダネは誤報と背中合わせ


 iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った世界初の臨床研究をめぐる読売新聞の大誤報にはビックリです。この11日の朝刊1面トップで、森口件尚史氏(48)が「iPS細胞を使った世界初の臨床応用を行った」と報じたのですが、翌12日に森口氏が客員講師として在籍するとされたアメリカのハーバード大学などがその発言を否定、その後、研究の信憑性が疑われる事実が次々に浮上したのを受け、13日朝刊で一転して誤報と認め、おわび記事と取材経過を明らかにした検証記事を掲載したのです。

 これから読売新聞自身、それにさまざまなメディアが細かい検証を行うでしょうから、それを待たないと解らないことも多いのですが、検証記事を読むと、これだけのニュースを扱うにしては(本当ならノーベル賞物ですから)、彼らの取材がとてつもなく杜撰だったことは間違いなく、森口氏のでっちあげたストーリーがそのまま紙面化されてしまったという図式です。読売に載った森口氏に絡む記事は2006年2月~12年7月に計6本あると言います。それらが載り始めた時点から、どうも読売の記者は森口氏に騙されていた、としか思えません。森口氏の研究の信憑性が落ちた今、それらの記事が報じた内容についても、改めてその信憑性を疑わざるを得ないでしょう。

 記者と森口氏がどういう形で出会ったのか解りません。しかし、最初から森口氏を信用してしまったのはなぜか。というのも、森口氏が医師免許を持っていないことすら裏を取っていないのです。裏を取っていれば、これだけのことをやれる器の人なのかどうか、当然疑問を持ったはずです。考えられるのは、森口氏が実際に東京大学やアメリカのハーバード大学に在籍、今も東大の研究プロジェクトに参加している、という事実に幻惑されてしまったことでしょう(疑惑が浮上するまで東大のホームページに彼のページもあります)。これだけのことをやっているだから当然医師だろうという逆の思い込みです。その思い込みの延長に今回の記事があります。今回は取材自体、東大の学内で6時間もかけてやっています。“東大ブランド”、これにやられたという感じですね。

 ただ、新聞社で働いていた経験からいうと、初歩的な裏取りが出来ていないこんな記事が社内をスルーして紙面化されてしまった背景に「ネタが大過ぎた」ことも関係していると思います。これだけの特ダネだと、記者なら誰でも一面トップは確実と解ります。記者にとっては、“発表物や事件物”ではなく、“特ダネ”で一面トップを張るのは、それこそ夢です。私なんか一度しかありません。なので手柄を焦り、ネタが外に漏れることを極度に怖れます。

 それで今回も、他の研究者への問い合わせを最小限に留めたと思います。これだけの研究成果の信憑性、妥当性を他の研究者に問い合わせれば、突然聞かれた方はビックリです。当然、研究者の間で「聞いたか?」といった話が瞬く間に駆け巡ります。すると、研究者から他社の知り合いの記者たちにも話が伝わる可能性が高まります。そうなれば、読売が動いていると、他社も取材に動き出します。取材力如何で、場合によっては逆転されてしまうこともあるのです。それを怖れるわけです。

 加えて、その質問の仕方自体、こちらの意図、手の内を悟られないように漠然、婉曲なものになってしまいがちで、裏取りの精度が低くなってしまいます。そして、外部に相談できないとなると、信憑性、妥当性は、取材チームとその直属のデスク(読売の検証記事にある医学担当次長のことです)、さらにその上の部長たちで判断せざるを得ません。

 私がいた産経新聞に比べれば、読売の編集部門はずっと大きいのですが、こと科学や医学の専門知識を持っている記者となると、頭数はそれほど多くありません。NHKですら、福島の原発事故の時は、原子力に詳しい森田さん、山崎さんという二人が交代で、24時間放送を必至でカバーしてました。それがマスコミの実態でもあるのです。その頭数で鳩首会議をやったとしても、ここまで専門的な話になるとその真贋を見極めるのは難しいでしょう。そしてその時、過去にも森口氏の業績を(実はそれもでっち上げだった可能性もあるのですが)報じてきたという自分たちの実績が裏目に出ます。「あの人の言っていることだから」という思い込みです。

 その結果、ゴーサインが出たとします。取材チームが書き上げた原稿がチーム以外の社内の人間の目に触れるのは、午後に行われている朝刊向けの紙面会議の時だったはずです。その時、「おおっ、凄い」という声が上がったとは思いますが、「これ本当か?」と取材を疑った人がいたとしても、なかなか口には出せないでしょう。というのも、新聞社は縦割り意識が強いので、専門性が高い記事であればあるほど、他の部署の記事には口を挟まない空気があります。つまり、各部の出稿責任者であるデスクがゴーサインを出した原稿はそのまま周囲の目をスルーする傾向が強いということ。記事のチェック体制は思われているよりも緩いのです。

 もちろん、全体の紙面を統括するその日の紙面責任者がいますが(編集局長の下にいる局次長が日替わりで担当しています)、組み上がってきたゲラを(校正刷りを)眺めて記事が社論と相容れないようなことがないかチェックしているようなものです。校閲という誤字脱字を追いかける部門もありますが、これだけ専門性が強い記事にはそういうチェック機能が働きません。

 もう一つ、ちょっと心配なのは、共同通信が同じような記事を流したことです。共同も検証記事で「通信社として速報を重視するあまり、専門知識が必要とされる科学分野での確認がしっかりできないまま報じてしまった」としていますが、読売の大誤報をスクープと思い込み、裏取りしながら見切り発車で追いかけた格好です。

 地方紙は海外や他県のニュースをほとんど共同に頼っている上、いまやニュースのランク付けまで共同任せです。共同が記事を流してくる時、そのニュースの重要性について「これは1面向けですよ」といった感じで連絡してくれるのです。なので、共同の誤報は地方紙を大々的に飾ってしまいます。今回は共同の記事が11日夕刊向けに流され、その直後に疑問の声が上がったことから12日の朝刊編集時間帯までにかなりトーンが弱まったことで、地方紙での扱いも小さくなりました。まあ、不幸中の幸いでした。

2012年10月14日 (日)

★…駅弁の至極の世界

 木曜と金曜、コンサートの打ち合わせで東京に行ってました。着いたその足で、さっそく新装なった東京駅を見てきました。これが凄い人、カメラを手にした都内の“お上りさん”がいっぱいでした。建物的には屋根が丸屋根に変わったり、かなり大がかりな工事だったはずなのですが、私にはあんまり変わったように見えませんでした。

 それより気になったのは、駅前に立っている換気塔です。なんとも無粋。あれがなくなって駅前から皇居まで視界が開ければ、もっと素晴らしい風景になるはずです。隣の中央郵便局も新しいあの印象的な外壁は健在でレトロないい雰囲気が漂っているだけに本当に残念です。

 さて、旅の楽しみと言えば、やはり駅弁です。記者時代はあちこちに出掛けたので昔から相当な数の駅弁を食べてきたのですが、東京で買える駅弁の中でも、圧倒的な存在感を放っているのが「シウマイ御弁當」と「深川めし」です。

 前者は言わずと知れた、横浜の「崎陽軒」が1954(昭和29)年から出しているベストセラーです。5個入っている“主役”のシュウマイが美味しい上、鶏唐揚やまぐろの塩焼き、タケノコ煮の煮物といった“脇役”のおかずがまた絶品。さらに“端役”の昆布と紅ショウガと完璧なバランスを誇ります。加えて、蒸気炊きの堅めのご飯が、冷めても美味しいのです。それで750円。一日約2万個、販売数で日本一を争っているのも納得です。

 後者の「深川めし」は、アサリを混ぜ込んだ炊き込みご飯の上に(これが深川めしですね!)、穴子の蒲焼、ハゼの甘露煮といった“脇役”が載っています。味がしっかり染みこんでいるのにさっぱりと仕上ったご飯が、その“脇役”たちの引き立て役になっている上、“端役”である小茄子の漬物、ベッタラ漬け、それに刻み油揚げも極めてレベルが高いのです。それで850円、コストパフォーマンスは群を抜きます。出しているのは、「日本食堂」の後身「日本レストランエンタプライズ」です。

 もう一つ、鯖江からJRに乗って出掛ける時は、朝ご飯、昼ご飯として敦賀の塩荘が出している「鯛の舞」というのを買っています。いわゆる鯛の押し寿司で、敦賀駅で900円で売っている「元祖鯛鮨」の高級版です。1250円と結構な値段なのですが、その分、鯛の切り身が肉厚でご飯もぎっしり詰まっているような気がします。私としてはベーシック版で充分なのですが、車内販売では高級版しか扱っていません。短い停車時間に買いに走るわけにもいきません。もっとも、敦賀に着く頃には、車内で買ったものを食べ終え、眠りこけている可能性が高いのですが…。


 

 

2012年10月10日 (水)

★…きょうのニュース解説 [ 10月10日 ] “世界のディーヴァ”サラ・ブライトマンがなんと宇宙へ!


 モスクワから面白いニュースが飛び込んできました。“世界のディーヴァ”英国のソプラノ歌手サラ・ブライトマンが10日、記者会見して、音楽家として初めて宇宙旅行に挑戦することを明らかにしました。既にこの夏から医学検査を受けるなど準備を進めており、来年1月末から100公演を超える過去最大規模の五大陸ツアーを行った後、ロシアのガガーリン宇宙飛行士訓練センターで6ヵ月訓練。ロシアの有人宇宙船ソユーズに乗り込み、日本人宇宙飛行士の星出彰彦さんが滞在している国際宇宙ステーション(ISS)まで往復するというのです。

 今さら彼女の説明の必要もないかと思いますが、ブライトマンはクラシックとポップスを融合させた独自の音楽スタイルで一世を風靡、「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」が全世界で1500万枚以上ヒット、アルバムのセールスとなると3000万枚を超える大物です。日本では1991年のNHK「紅白歌合戦」に出場。NHKでは3年越しのスペシャルドラマ「坂の上の雲の」テーマ曲「Stand Alone」も1年目は彼女が歌っていました。

 生まれは1960年ですから、現在52歳。3歳からバレエを習い始め、子供の頃からミュージカルで活躍。81年に新作ミュージカル「キャッツ(中でも「メモリー」が有名!)」のオーディションでジェミマ役を射止めます。この時、ミュージカルのヒットメーカー、作曲家のアンドリュー・ロイド・ウェッバーと知り合ったことで道が拓けました。二人は84年に結婚。そして、86年に「オペラ座の怪人」でクリスティーヌ役に起用され、その成功でミュージカル界のスターとなりました。その頃のミュージカルの世界では、ロンドン初演後、ニューヨークの“ミュージカルの聖地”ブロードウェイにという流れになっていたのですが、ブロードウェイでの上演時、
クリスティーヌは彼女のための役とウェッバーがその起用を譲らず、俳優協会の反発を押し切った話は有名です。

 しかし、
ウェッバーとは90年に離婚。その後、ソロ・アーティストとしてデビューするのですが、本当の成功はそれからと言った方がいいかもしれませんね。「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」などのヒットを連発。アメリカの「ビルボード誌」のダンスチャートとクラシカルチャートで同時1位を獲得した唯一の歌手、五輪でパフォーマンスを2度(1992年のバルセロナと2008年の北京)行った唯一のアーティストと、いくつもの称号を手にすることになりました。現在はユネスコ平和芸術家大使も務めます。

 順調に進めば、打ち上げは15年10月頃になる見通しと報じられています。ISSへ民間人が出掛ける「宇宙旅行」は01年から始まり、彼女が8人目です。今回は、ISSに10日間滞在する予定で(ステーションはなんと日に地球を16周しているんだそうです!)、プロのミュージシャンとして初めて宇宙から地球に歌を届けることに挑戦。また、ユネスコの平和芸術大使という立場から、平和と地球の未来を守るための環境維持開発を訴えると報じられています。記者会見で彼女は、宇宙行きを「夢の結晶」と言っています。ロシア宇宙庁によると、旅費は5000万ドル(約40億円)。やはり、大物は違います。

2012年10月 9日 (火)

★…きょうのニュース解説 [ 10月9日 ] 返還された「ストラディヴァリウス」

 

 ヴァイオリニストの堀米ゆず子さん(54)、有希・マヌエラ・ヤンケさん(26)が愛用している楽器が相次いでドイツの税関当局に押収された事件が思わぬところに飛び火しました。ヤンケさんの楽器がきょう9日、無償で返還されたことでどちらも無事に決着したのですが、押収した税関当局の職員はそれに納得いかないと、返還を決めたショイブレ財務相を「音楽家の脱税行為を助けた」と脱税ほう助の疑いで検察当局に告発したのです。ドイツ大衆紙「ビルト」が8日付の紙面で報じたもので、「ちゃんと職務を果たしたのに何なんだ!」と現場が反発した格好ですが、いかにもドイツ人の生真面目な性格が伝わってくる話ですね。これがイタリアならねえ…。

 一連の押収騒動は、どちらもドイツのフランクフルト空港で起きました。同空港はヨーロッパ最大規模の国際空港で、欧州各地を結ぶ便が集まるハブ空港。8月にベルギー在住の堀米さん、9月にドイツ在住のヤンケさんのヴァイオリンが押収されました。EU(欧州連合)のルールでは、430ユーロ(約4万3000円)以上の価値を持つ高額物品を域内に持ち込む場合に申告が必要です(本来は細かい規則なんですね…)。しかし、二人とも申告しないで税関を通過しようとしたことから、密輸などの疑いを持たれました。堀米さんは評価額1億円の「ヨゼフ・グァルネリ・デル・ジェス(1741年製)」を押収されて関税約1900万円、ヤンケさんは評価額6億円の「ストラディヴァリウス・ムンツ(1736年製)」を押収されて関税約1億1000万円の支払いをそれぞれ求められました。

 どうしてこんなことが起きるのか…。それは、税関から見れば、高額な楽器も“骨董品”の一つにしか見えないからでしょう。音楽家から見れば、それがどんな高額な楽器であっても“音楽を奏でるため以外の何物でもない”わけです。しかし、立場変わって“骨董品”としてみれば話は違ってくるということです。実際、欧米には売買目的のためのコレクターも多く、しかもマネーロンダリング(資金洗浄)に使われる事件も起きています。音楽関係者や音楽ファンならアーティスト本人の顔を知っていたり、その楽器の来歴を知っていたりで、“音楽を奏でるため以外の何物でもない”と判断できる人もいるでしょう。しかし、たまたま窓口でアーティストの前に立った税関の職員にそれを求めるのは無理な話です。まあ、その隙間を埋めるのが、証明書類でしょう。しかし、これも疑えばいくらでも疑えるわけで、書類やホームページの偽造といったことも過去にあったわけです。

 ヤンケさんの「ストラディヴァリウス」は個人所有ではなく、日本音楽財団(塩見和子理事長)から貸与されている楽器です。財団は「ストラディヴァリウス」を20丁保有する世界最大のコレクターで、国籍に関係なく優れた演奏家に楽器を貸与して演奏活動を支援してきました。財団との貸与契約は9月に更新されていて、ヤンケさんは貸与証明書を提示しました。かなり客観的な証明書ですが、それでも関税を請求されたということは有効と認められなかったということです。

 もちろん、正論をいえば、二人とも赤のゾーンを(課税ゾーンを)通り、申告するのが筋です。ただ、演奏家が携行する楽器についてはこれまで、無申告の持ち込みが慣例として認められていたといった方が正確で、今回のフランクフルトのケースは特殊なケースです。職員がナアナアではなく、規則を厳格に適用した、ということでしょう。訴訟の行方にもよりますが、今後もし通関手続きが厳格になって今回のように押収されることが日常化すれば、音楽家も対策を考えないといけません。日本音楽財団のようなところの証明書も駄目というのならば、ドイツの文化省、日本の文化庁なりに楽器を登録するようにして「楽器パスポート」のようなものを発行してもらい、赤のゾーンを必ず通過してそこでチェックを受けるような仕組みを国際的に築き上げないと。一手間増えますが、それで面倒が減るのですから…。

2012年10月 8日 (月)

★…きょうのニュース解説 [ 10月8日 ] 野垂れ死にする「女性宮家」創設


 政府が5日、皇室活動を維持するため、女性皇族が結婚後も皇室にとどまる「女性宮家」の創設について論点整理を発表しました。その中で「女性宮家」の対象者は女性皇族のうち、天皇の子や孫に当たる「内親王」に限定しつつ(内親王は現在、皇太子ご夫妻の長女・愛子さま、秋篠宮ご夫妻の長女・眞子さま、次女・佳子さまの3方です)、(1)結婚後も皇族の身分を維持する女性宮家の創設を優先して検討していく(2)結婚して皇籍を離脱した内親王が国家公務員として皇室活動を支援する、の2案を併記した内容です。

 さあ、いよいよ政府が「女性宮家」の創設に舵を切った、そう思い人も多いでしょう。しかし、私から見れば、この時点で論点整理しか出せなかったことは、政府が手詰まり状態に陥っていることの証明です。「女性宮家」の創設が「皇位継承問題」と「女系天皇」に道を拓くことに直結しているのに、政治問題化するのを怖れた政府は「皇位継承問題とは切り離す」としました。そこにまず無理があるため論点は行き場を失いました。その結果、政府としても明確な方向性を打ち出せんでした。そこで有識者の意見を提示する論点整理を出してお茶を濁した格好です。

 そもそも、今回の「女性宮家」の創設は昨年秋、当時の羽毛田信吾・宮内庁長官が野田首相に検討を要請したことが始まりです。背景には「女性皇族方の結婚で皇族の数が減ってしまい、皇室全体の活動に支障が生じる」ことへの危機感があります。現在の皇室典範12条では「女性皇族が天皇および皇族以外の者と婚姻した時は皇族の身分を離れる」と規定されているからです。そこで政府は、この2~7月にかけてジャーナリストや有識者ら10人を招いて「皇室制度に関する有識者ヒアリング」を行い、皇室典範の改正について検討を続けてきたわけです。

 ところで、その前に「女性宮家」の創設がなぜ「皇位継承問題」と「女系天皇」に道を拓くことになるのか、まずそれを説明しなければいけませんね。「女性宮家」を創設するということは、そこに「婿」を迎えることです。一般人の世界では「婿」を迎えて「家」を継いでいくというのはよくある話ですが、天皇家、宮家においては、長い歴史の中で「婿」を迎え入れたことがないのです。というのも、父方の血を継いでいく「男系継承」が維持されてきたからです。そして、「男系継承」による天皇が「男系天皇」です。

 では、なぜ「男系継承」で繋いできたのか…。これまで何度か書いていますが、男性は「XY」、女性は「XX」という遺伝子を持っていて、男子は父から「Y」を、母から「X」をもらい、女子は父から「X」を、母から「X」をもらうことに関係しています。女子は父から「X」しか引き継がない。そこで、男子から男子に繋いで「Y」をリレーしてきたのです。つまり、「男系継承」による天皇制とは極論すれば、「Y」の継承による天皇制ということなのです。

 そこで昔は側室制度を設けて、「Y」のコピーをたくさん作ったのです。昔は今と比べて、子供がちゃんと成人するところまで育つこと自体が難しく、明治天皇の時でさえ、15人の子供がいてうち5人が男子、その5人の中で成人したのは大正天皇ただ一人というような状況だったのです。さらにそれでも駄目だった場合は、「Y」を引き継いでいる分家から跡継ぎを探してきました。つまり、民間のように形式上の「家」を継いでいるわけではないのです。その点で、西欧の王室の王位継承ともまったく違うのです。良いも悪いも、これが今も続く天皇制の最大の特徴で、こういうシステムは、世界でも日本にしかありません。

 こういう話をすると、女性の天皇がいたではないか、という人がいます。実際、8人の「女性天皇」がいました。しかし、調べてみると、「男系継承」するために即位していることが解ります。お父さんの血を引いている息子が大きくなるまで、お母さんがピンチヒッターに立つということです。そして、そういう形で即位した天皇を「女性天皇」と言います。一方、一字違いで「女系天皇」があります。これは母方の血を受け継いだ天皇のこと。一字しか違わないのでよく混同されますが、まったくの別物です。

 日本人が錯覚していることの一つに、現在の皇后陛下が皇室に入った民間女性代一号と思われていることです。しかし、それは間違いで、昔から民間の女性はどんどん皇室に入っているのです。藤原氏、平氏、徳川氏しかり。というのも、「Y」の継承には影響がないからです。一方、男性で皇族になった人は一人もいません。「男系天皇」制というと女性差別のようにもみえますが、民間の女性は結婚と同時に皇族になることが出来るのに、「男系天皇」制の下では神武天皇の男系子孫以外を徹底して排除しているのです。ある意味とんでもない男性差別ですが、それも時の権力者と一体化することを防ぐためのアイデアで、「天皇はあくまで現世の権力者のものではなく、まったく単独の血筋で天皇として存在しなければならない」ということを担保するための、日本人が生み出した知恵でもあるのです。

 さて、話は戻ります。「女性宮家」の創設に踏み切ると、これまで引き継いできた「Y」がそこで途切れ、その時点で「Y」は婿方の「Y」に変わってしまいます。そして次の代も、そのまた次の代も、また違った「Y」が入ってくる。それではどの血筋が続いているのか解りません。そうなると、もう民間の「家」を継ぐスタイルと一緒です。それはこれまで続いてきた「男系天皇」制の放棄であり、「女系天皇」制に転換することを意味します。つまり、ことは宮家だけの話ではなく、天皇制そのものに関わる問題なのです。だからこそ、「女性宮家」の創設を語るのであれば、先に「皇位継承問題」と「女系天皇」を語る必要があるのですが、政府はそこを素通りして失敗しました。

 論点整理では、「女性宮家」を創設する場合について、夫と子どもについても二案を併記しています。皇族とする案と皇族にはしない案の二つで、後者は家族で身分が異なることになるため、戸籍の扱いや財産の授受などが課題としています。一方、女性宮家を創設しない場合については、女性皇族が皇室を離れた後も皇室の活動を支援できる仕組みとして二つのアイデアに触れています。一つは「内親王」などの尊称を与える案で、これは検討した結果、法の下の平等を定めた憲法に抵触する可能性があるため困難としました。そして、なんとその代わりに国家公務員として公的な立場で活動できるようにするという案を示しました。

 しかし、これは有識者ヒヤリングでも出ていなかった仰天のアイデア。政府はこのアイデアが浮上した理由を「全くの私人では公費による支援が難しい」と説明していますが、土壇場で無理矢理捻り出したような稚拙さです。さっそく識者からは「国家公務員と宗教色の濃い神宮祭主といった立場との整合性をどうする」といった反論続出です。

 藤村官房長官は、今回の論点整理についてこれから2カ月間かけてパブリックコメントを実施して広く国民の声を集め、「国民的な議論を経て、素案を作っていきたい」とした上で、皇室典範の改正について「必要ならば手続きが始まる。国会提出は来年になると思うが、厳密には決まっていない」と述べています。しかし、民主党内だけをみても意見集約は厳しいでしょう。自民党はもう反対の声を上げています。結局、民主党が手がけた皇室典範の改正はこのまま漂流を続け、やがて消えることになるでしょう。

2012年10月 7日 (日)

★…きょうのニュース解説 [ 10月6日 ] 緊張高まるシリアとトルコの関係は要警戒レベルに


 シリアと隣国トルコの緊張が高まっています。シリア北部で繰り広げられている政府軍と反政府軍による戦闘の流れ弾が、国境を接するトルコ南部の街にまで飛んでくるようになったからです。3日にはそれでトルコの民間人5人が犠牲となりました。これに先立ち、6月22日には、偵察機がシリア軍の対空ミサイルに撃墜されるという事件も起きています。トルコのエルドアン首相は5日、「戦争をしたいとは思わないが、決して戦争から遠いわけでもない」と演説してシリアを牽制しました。しかし、トルコ領への着弾はその後も連日続いていて、これにトルコ軍も応戦するという一触即発の状況になっています。

 エルドアン政権とシリアのアサド政権はこの間まで友好的な関係にありました。民主化を進めることで国民の不満を収めるよう助言していたくらいです。とにかく混乱は困る、ということなのですが、それもこれもシリア北部からトルコ南部にかけてクルド人地域が広がっているからです。クルド人はトルコ、シリア、イラク、イランに跨がる形で2500万人いて(トルコに1300万人程度、イラクとイランに500万人程度、シリアに200万人程度)、100年ほど前から民族国家建設や分離独立を求めてきました。トルコにとってもクルド人の存在は頭痛の種。そこにさらにクルド人の難民が押し寄せてくるという事態を警戒しているのです。

 そこでシリアが混乱状態に突入した時点で、シリア軍を離脱した将校を中心とする反政府軍「自由シリア軍」支援に舵を切りました。以前書きましたが、シリアはイスラム教国で、国民の7割が「スンニ派(スンナ派とも言います)」。しかし、国民の1割の「アラウィ派」による少数支配が続いてきました。当然ながら反政府軍は「スンニ派」が主体です。そして、その「スンニ派」の有力国がトルコ、そしてサウジアラビアです。彼らがアサド政権を倒して「スンニ派」の国が出来れば影響力を行使出来るわけですからそれはそれで良し、というわけです。反政府軍の拠点はトルコ領内にあり、シリアは叩くに叩けないわけです。

 ところが、反政府軍はアサド政権を倒すところまでいきません。クルド人の押さえ込みでは手を取り合っていたイランがトルコの前に立ちはだかりました。イランは「アラウィ派」に近い「シーア派」の親分として、「スンニ派」国家の誕生を阻みたい。そして、レバノンの「シーア派」軍事組織「ヒズボラ」との連携のため、シリアという拠点を失うわけにいかないという事情があります。そして、さらにロシアの存在があります。リビアの民主化でカダフィ政権を失ったロシアにとって、アサド政権は中東に残された最後の友好国。そのため、これも以前も書きましたが、安全保障理事会でこれまで3回拒否権を発動して国連の動きを封じています。しかも武器輸出のお得意さんで、いまも搬入を続けています。

 アメリカを中心とする軍事介入も遠ざかりつつあります。ロシアの動きがよめない上、最近ではシリアが保有する化学兵器の存在もクローズアップされてきたからです。もし軍事介入が中途半端な結果に終わった時、アサド政権が化学兵器の使用に踏み切る可能性があり、さらなる惨状を生むのではないか、と心配されているのです。加えて、政権崩壊の間隙を縫ってイスラム原理主義勢力が新たなプレーヤーとして台頭してくるのではないか、その方がもっと厄介、という懸念です。

 トルコというとエキゾティックなイメージが強いのですが、ケマル・アタチュルクの建国以降、急速に非イスラム化を進め、西欧化を実現させました。NATO(北大西洋条約機構)という言葉には西ヨーロッパの国々による軍事機構という響きがあります。ところが、トルコもその一員です。そして、F16戦闘機をなんと200機以上保有する軍事大国なのです。トルコは今、反政府軍を支援するだけでお茶を濁し、軍事行動を自制しています。しかし、彼らにはシリアに踏み込む理由があります。一つはクルド人勢力の押さえ込み、そして、かつての領地の奪回です。実はシリアの北部はオスマン帝国の領土。第一次世界大戦後の1920年のセーブル条約、23年のローザンヌ条約でそれらを失いました。トルコの介入の怖れなし、とは言えないだけに、両国の緊張の高まりには要注意なのです。

2012年10月 6日 (土)

★…ロータリークラブで「尖閣問題」


 金曜日の午後、「鯖江ロータリークラブ」で話をしてきました。「卓話」のゲストスピーカーとして招かれたのですが、この日は「尖閣問題」についての日中双方の動きについて話をしてきました。日本の国有化に抗議する反日デモは沈静化した反面、中国の海洋監視船が尖閣諸島周辺の接続水域に入ってくるのが日常的しています。諸先輩たち20数人が熱心に話を聞いてくれました。