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2011年11月

2011年11月21日 (月)

★…連載:TPPは怖くない[2]本当に危ないのは製造業?


 「TPPは怖くない」という話を書き始めたところで、面白い記事に出会いました。きょうはそれをまず紹介しましょう。11月22日号の週刊誌「アエラ」に掲載された野口悠紀雄さんの記事です。野口さんは『「超」整理法』などの著書で知られる経済学者で、記事のタイトルは「崩壊するのは製造業だ」。「TPP」が語られる時、「打撃を受けるのは農業、得するのは輸出しやすくなる製造業」と、農業の被害がどれだけ出て、それをどうやって食い止めるか、という視点で語られることが多いのですが、野口さんの話を読むと、製造業にとって「TPPは怖くない」とは言えない状況らしいのです。

 野口さんは、「TPP」加盟によって得するのは製造業と言われるが、工業製品の関税障壁は既に低いので輸出メリットはあまりないと書いています。例に取り上げているのは、アメリカの車の関税。現状は2.5%という水準で、これが下がったところでそのメリットが大したことないこと、その恩恵が受けてもマーケット自体が米国にもうないこと、それよりも為替の変動の方がより大きなインパクトを持っているとしています。野口さんは文章の中で、「TPP」加盟は百害あって一利なしとまで断罪しています。

 それはなぜか。「TPP」が中国を弾き出す性格を持った経済ブロック体制であるため、中国とEUがさらに関係を深める結果、両者の間でFTA(自由貿易協定)が結ばれる可能性が高く、そうなれば、中国の工場の使う中間材には関税をゼロにしてもらったドイツ製品が、中国市場ではユーロ安も手伝って有利になり、日本は中国市場という輸出の生命線を失い、それで日本の製造業は壊滅する、というのです。TPPは日本の製造業にとって自殺行為、とまで言い切っています。

 農業について、私は「TPPは怖くない」と思っています。しかし、野口さんは、メリットがあると言われている製造業の方が危ないという、とても面白い話です。「なぜ経団連がそれを考えないのか。私は不思議でしょうがない。経済産業省の人も一体何を考えてるんでしょうか。彼らの頭はどうなってるのかと思いますね」。財界、官界に知り合いも多い野口さんがそこまで書いているのですから、これはこれで大きな問題と考えるべきです。投げ込まれた一石は、大きな反響を巻き起こすかもしれません。


2011年11月20日 (日)

週末は知多市でコンサート

週末は愛知県知多市に行っていました。音楽プロデューサーとして手がけているシリーズの、今年最後のコンサートがあったからです。早いもので、シリーズはもう6年目です。今年は6月に周南市、8月に苫小牧市、そして今回の知多市でした。コンサートは年に3回から5回。私はプロデューサーとして、美術展の方向性に寄り添ったコンサートのコンセプトを考え、タイトルを付け、それに基づいてプログラムを作り、アーティストを選びます。また、ステージ上の組み立てを考えて台本を書き、リハーサルで実際のステージ上の動きを詰め、当日を迎えるという形で仕事を進めて行きます。いちばん苦労するのは、美術展との連動する切り口を見つけることでしょうか。思わず唸ったのは、美術展のテーマが「紙」だった時です。この時はその「紙」で作った宇宙船が地球の周りを一周してくるという話を捻り出し、そこから眺めた風景を音楽で綴って行きました。そして音楽と音楽の間を、管制塔と宇宙船との間の無線のやり取りで繋ぐ…。

今回は知多市歴史民俗博物館で行われている特別企画展「大野谷の文化財展」に連動していました。それで付けたタイトルが「悠久の天空」。洋楽、邦楽、さらに原始的な雰囲気を加えたくてパーカッションを加えたコンサートに仕立てました。プログラムは以下のような曲目で、そのため出演者も、弦楽五重奏の「クインテット・アッサンブラージュ」にソプラノ歌手の吉田珠代さん、邦楽アンサンブルの「あいおいの会」、パーカッション・デュオの「カリメロ・ミュージックプール」と多彩な顔ぶれが揃いました。

シューベルト/ピアノ五重奏曲「ます」より第4楽章……ロドリゲス / ラ・クンパルシータ……小林秀雄 / 落葉松……ヘンデル / オンブラ・マイ・フ……山口五郎・山本邦山 / 現代鈴慕=邦楽……三宅一徳 / 失われた「時」=邦楽……Forest~Introduce drums=パーカッション……Rumba for two=パーカッション……Sensitive=パーカッション……ロイド・ウエッバー / メモリー……ブラームス / ハンガリー舞曲第6番……ブラームス / ピアノ五重奏曲より第4楽章……マンシーニ / ムーン・リバー

コンサートは19日午後2時開演でした。このシリーズは市民の皆さんの間にもすっかり定着してくれているようで、会場となった知多市勤労文化会館は満員の盛況。抽選なのですが、定員の倍の応募があったそうで、作り手としてはうれしい限りです。アーティストたちもそれぞれ熱演。アンコールでは尺八の三重奏とパーカッションのコラボレーションも飛び出し、最後は会場のみんなで「見上げてご覧夜の星を」を歌って感動を共有した次第です。

来年は今のところ4回のコンサートが予定されています。頑張って、皆さんにまた感動を届けようと思っています。

2011年11月18日 (金)

★…なんと出来の悪い「韓半島ーHANBANDO」


 2006年に公開され、現代の日本と韓国が軍事的に対立し、一触即発状況に陥るという韓国映画「韓半島ーHANBANDO」が11月に入ってDVDとして発売されました。テーマがテーマだけに、日本では劇場公開されなかった作品で、ウイキペディアによれば、韓国では公開わずか5日で163万人の観客動員を記録、2週間で300万人の動員するヒット作だったそうです。そういう話題もさることながら、私はお気に入りのアン・ソンギ(安聖基)が映画の中で大統領を演じているので、見ないわけにはいきません。

 日韓が対立するのは、日本が明治時代に大韓帝国と結んでいた条約を持ち出して、北朝鮮・韓国を結ぶ鉄道の建設に強硬に反対することが原因です。そこで韓国側は、押してある国爾(国王の印)が偽物だったこと証明しようとしたり、逆に本物を探してみたり、あれこれ条約の効力を無効にしようと動きます。その過程で、政府内で日本に妥協しようとする勢力が描かれたり、南北統一への韓国内のさまざまな考えが提示されたりもします。

 しかし、ただそれだけ。過去の韓国映画の完成度の高さに比べると、ちょっと安直な作りであることは否めません。戦後の日韓基本条約締結によってそれまでの条約などは失効しているのですから、映画のような話は現実にあり得ないわけで、そこから物語を起こしたことが失敗の原因でしょう。

 そして、そこからの話のつまらないこと。国爾を追いかける学者たちの動き自体が、国や民俗の生存を掛けているという実感を伴っていません。軍事的な対立の描き方も、「シュリ」に始まり、「JSA」や「ブラザーフッド」といった作品に続く、韓国映画の現在の水準からはかなり低い描き方で、単に韓国軍の武器をずらっと並べて“陳列”しているに過ぎません。それよりなにより残念なのは、場面転換が荒唐無稽なストーリーの説明に追われがちで、俳優たちの演技というものが無きに等しいことです。これでは、アン・ソンギの出る幕もありません。

 日本で公開されなかったのは、この映画のテーマが、日韓にとってセンシティブな問題を扱った作品だったからでしょうか。この程度の話なら、今の強固な日韓関係に何の影響も及ぼさないのではないでしょうか。むしろ映画のレベルが低いことに多くの人が気付いていたからではないか、と考えてしまいます。


2011年11月16日 (水)

★…カニだ、急げ!


 なんと、きょうはカニが向こうからやってきました。今月11月初めに解禁になった「越前ガニ」。店の常連のT院長が「浜の人=越前海岸近くに住んでいる人たち」からたくさんもらったということで、「みんなで食べよう」と、お裾分けとして持ってきてくれました。

 カニが到着した時、店では常連のS氏が既に呑んでいたのですが、そこにきょうは店が休みのヒロミちゃんが、フラメンコのレッスンの帰りに、仲間のY美ちゃんを連れて登場です。しかもその直後、匂いに釣られたのか、やはり常連で薬剤師のF氏が後輩を連れて登場、みんなでご相伴にあずかりました。

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 いわゆる「越前ガニ」とは、「ズワイガニ」の雄のことです。山陰地方で捕れるものは「松葉ガニ」とも言われます。ただ、通や地元の人間の間では、「セイコガニ」と呼ばれる、ずっとサイズの小さい雌も人気です。足の部分は食べるところが少ないのですが、身が小さい分、味が濃く、内子と外子の両方を楽しむことができます。

 私にとっては今年初めてのカニ。いや〜、おいしい!


 

 

2011年11月14日 (月)

★…連載:TPPは怖くない[1]そんなに急に誰が米を売り込んでくるの?

 最近、店に来るお客さんから、「TPP=トランス・パシフィック・パートナーシップ=環太平洋戦略的経済連携協定」の話をよく聞かれます。そういう時は、私の知識の範囲内で解説をしているのですが、「農業県」であるだけに、福井の人たちもその行方がかなり気になっているようです。

 それもこれも、「TPPに加盟すると関税がゼロになり、安い外国産の農産物がどっと入ってきて、地場産がやられてしまう」という話が声高に語られ、福井の農業にも打撃が出てくるのではないかという不安が渦巻いているからでしょう。私は「TPPによって、日本の農業は本当に壊滅的な打撃を受けるのか」と問われれば、私は「農政が変われば、そうはならない」と答えるようにしています。なぜか、それをきょうから書いていこうと思います。

 さて、TPPの話をする前に、まず言っておきたいのは、実は日本は農業大国であることを知っておいてほしいということです。「日本の食料自給率は40%、先進国の中で最低水準で、世界的な食糧危機がやって来ても大丈夫なように農業を保護しなければ…」といった話をよく聞きますが、これは数字をできるだけ低く見せようとする農水省によって操作された数字なのです。

 というのも、日本だけがカロリーベースで数字を出しているからで、世界標準の生産高ベースでみれば66%もあります。GDPに占める農業のGDPを比較すると世界第5位、先進国の中では米国に次いで堂々の第2位です。第6位のフランスを凌ぎ(あれだけワインを作っているのに!)、オーストラリアは(肉をはじめとして日本人の胃袋を支えているようなイメージがあるのに)第15位といった具合なのです。しかも、農業生産額は約8兆円もあります。

 さてそこで、「福井にとって大事な」米の話です。米の場合、関税はなんと778%という高率です。それがTPPに加盟すると、奨励的には0%にしないといけません。そう聞くと、確かに慌てる人もいるでしょう。しかし、ここにも一つ、トリックがあります。実はアメリカで生産されている1,000万トンの米のうち、日本人が食べているジャポニカ米(短粒種米)は30万トン、実に日本の生産量の4%にしかならないのです。これでは今すぐ輸出を急増させようとしても無理です。

 それでも「ジャポニカの作付けを増やして輸出攻勢をかけてくる可能性は?」という声が上がるかもしれません。しかし、ジャポニカは、栽培が難しい上に収量が3割ほど少なく、米国の農家にとっても儲けが少ない作物で、関税が0%になっても、品種転換がすぐに、しかも急に起こるとは考えられません。また、東南アジアの米が日本のマーケットを席巻するという話も、日本人の嗜好からいって現実的ではありません。将来的には中国東北部の米がライバルになるかも、といったところでしょうか。

 オーストラリアがあるではないか、という人がいるかもしれません。水稲の作付け面積は約13万ヘクタールで、南半球にあるため、5〜6月という日本の端境期に出荷できるというメリットがあります。ニューサウスウェールズ州の乾燥地帯を中心に、灌漑水を利用しての直播栽培で、省力、低コスト化が進んでいます。ただ、それで現地で10キロ1,200円という日本の半分ほどの価格です。日本まで運んで来ると、その価格差はどうなるでしょう。加えて、干ばつの影響から逃れられず、世界野生動物基金(WWF)からは、大量の水を要する米栽培は経済的ではなくなるだろうと言われてもいます。

 つまり、他国からの輸出攻勢恐るるに足らず、なのです。反対に日本には、今でも外に打って出るだけの力があるのです。中国、台湾、香港の富裕層向けの輸出が増えていますが、その先には、実は農業大国・米国があります。なんと米国は年間60万トン強、金額にして600億円以上も米を輸入しているのです。TPP加盟で関税障壁がなくなるのですから、彼らにドンドン輸出すればいいのです。

 ところで、福井の農業のことを心配するのであれば、むしろ私は、「コシヒカリ」を生み出しながらそれに安住してきた「福井の米づくり」の方がよほど心配です。なぜか。それはこの数年、米を取り巻く状況が大きく変わっているからです。私が子供の頃は、米どころといえば新潟でした。ところが、今や北海道が生産量でも日本一になる時代です。「きらら」、「ほしのゆめ」、「ななつぼし」が人気を集める一方、かつてのブランド米「コシヒカリ」は残留米が増えています。

 飽きられたということもありますが、実は温暖化の影響で「コシヒカリ」は西の方にいけばいくほど味が落ちてきていると言われています。東京の高級寿司店のほとんどがもう既に北の米にシフトしているという現実を見ないといけません。となると、北陸で最も西にある福井は、「次の一手」を考えなければいけません。つまり、外のライバルのことを心配する前に、もっと美味しい米を開発し、国内のライバルに勝つことの方が、福井の農業にとっては喫緊の課題だと思うのですが…。


★…やっぱり、ニーノ・ロータは凄い


 ラジオの番組の、第7回でついにニーノ・ロータを取り上げました。 1911年にミラノに生まれ、79年にローマで亡くなったイタリアの作曲家です。映画音楽は趣味にすぎないと言っていってクラシック音楽の作品を次々と発表する一方、150本を超える映画の音楽を書いています。 『道』や『甘い生活』、『8 1/2』といったフェデリコ・フェリーニ(1920~33年)監督の映画は、そのほとんどが彼の音楽であり、その他に『太陽がいっぱい』、『山猫』、『ロミオとジュリエット』、『ゴッドファーザー』、『ゴッドファーザーPART II』と名曲がずらりと並び、番組ではそれらを紹介しました。

 哀愁を帯びたトランペットによる『道』のメインテーマは “ジェルソミーナのテーマ”としても知られていますが、昨年2010年に行われたバンクーバー冬季五輪で男子フィギュアスケートの高橋大輔選手が使った曲です。ああ、あの曲か、という人も多いでしょう。面白かったのは、この映画を調べていて、リチャード・ベイスハート(1914~84年)が出演していたことです。綱渡り芸人のアルレッキーノを演じているのですが、我々の世代には懐かしいテレビ番組「原潜シービュー号」の“ネルソン提督”です。彼が若い頃にフェリーニに認められ、こういったシリアスな映画に出演していた! ちょっとした驚きでした。


 映画音楽の多くは、映像が先に出来ていて、それに音楽を付けるというパターンが多いのですが、ロータの場合、それまでに作っていた音楽がそのまま映画に用いられることもありました。ルキノ・ヴィスコンティ監督の名作『山猫』のあの音楽、あのリリカルで切ない『ロミオとジュリエット』の音楽…。こういったことが起こるのも、いかに彼の音楽のレベルが高かったか、という証明でもあると思います。

 番組では“音楽の使い回し”の話も紹介しました。彼の代表作ともなった『ゴッドファーザー』の音楽の一件です。あのメロディーが他の映画にも使われていたという指摘を受け、アカデミー賞にノミネートされながらも失格となったというあの件です。ちくったのは、イタリアの作曲家グループとされていますが、“男の嫉妬”は本当に怖い、わけです。確かにその指摘通り、1957年の『Fortunella』という映画の中に、あのメロディーが出て来るのです。ただ、聴いた印象は全く違います。番組では実際に比較して聴いてもらいましたが、みなさんも機会があれば一度聴き比べてみてください。

 ロータの凄いところは、その2年後の『ゴッドファーザーPART II』の音楽で見事にアカデミー賞を受賞したことでしょう。見事なリベンジです。そして、『PART I』、『PART II』は、アカデミー賞史上初めて、本編続編ともに作品賞を受賞するという金字塔を打ち立てました。未だそれは破られていません。

 そのサントラについても面白い話があります。映画の監督はフランシス・フォード・コッポラであることは言うまでもありませんが、彼の父親カーマイン・コッポラはNBC交響楽団のフルート奏者で、後に指揮と作曲を手がけるようになりました。彼がかつて在籍したNBC交響楽団こそ、ロータに渡米を勧めた張本人で、20世紀を代表するイタリアの巨匠指揮者アルトゥーロ・トスカニーニが率いたオーケストラなのです。縁とは不思議なものです。






2011年11月10日 (木)

★…テノール水口のリサイタルやります


 友人で日本を代表するテノール歌手の水口聡(みずぐち・さとし)さんが12月22日夜、福井駅前の「響のホール」でリサイタルを行うことになりました。急に決まった話なのですが、なかなか聞くことのできない“大物”が福井に来てくれるのはうれしい限りです。しかも、22日は連休前の木曜日。文字通り今年の福井のクリスマスを彩ってくることでしょう。
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 日本では1997年の新国立歌劇場のこけら落し公演となったオペラ《アイーダ》でラダメスという主役を歌って一躍その名が知られましたが、水さん(=私はいつもそう呼んでいます)はウィーンを拠点にしてヨーロッパ中心に活躍を続けてきました。ウィーン国立歌劇場をはじめとするヨーロッパ各地の歌劇場に出演、バーンスタイン、アバド、ゼッフィレリ、ブルゾン、ヌッチなといった著名なアーチストたちとも共演しています。

 水さんは、音楽大学に入った時はテノールよりも音域の低いバリトンでした。武蔵野音楽大学、大学院を修了後、ウィーン国立音楽大学に留学、そこを邦人初となる全員一致の首席で卒業します。そしてその後、テノールに転向しました。そのため、水さんは同じテノールでも、他の線の細いテノールとは比べ物にならない力強い声を持っています。いつだったか、カラオケに行ったら、マイクが必要ないどころか、音が部屋中に溢れて耳が痛くなって始末に困ったことがあるくらい、パワフルな声が出ます。

 実は今のオペラ界、水さんのような声を持つ「リリコ・スピント」の歌手が少ないのが悩みです。その世界で水さんは「音楽性のある雄大なテノール」という高い評価を得てきました。《トゥーランドット》のカラフ、《トスカ》のカヴァラドッシ、《カルメン》のドン・ホセなど、レパートリーは楽に20を超えます。新国立歌劇場の公演にも次々に出演、NHKの新年の恒例番組「ニューイヤー・オペラ」の常連でもあります。

 その熱い水さんの声を味わい尽くすため、今回は採算を度外視して、わずか200人でそのステージを囲むという贅沢な設定にしました。また、次代を担うソプラノとして期待を集めている地元・鯖江出身の吉田珠代さんとの共演も実現しました。《オテロ》の“愛の二重唱”や《トゥーランドット》の“誰も寝てはならぬ”といった有名なオペラのアリアから、「カタリ・カタリ」などのナポリ民謡を集めたプログラムで、多彩ながらも初心者にも親しみやすい内容のプログラムを組みました。

 チケットの発売は来週末から「響のホール」のプレイガイド(0776-30-0086)で発売を始めます。ホール中央部の席でかつ1階のカフェで1ドリンク楽しめるSS席が税込4,000円、通常のS席が3,000円です。このブログでもチケットの申し込みは受け付けます。メールを頂ければ幸いです。


2011年11月 3日 (木)

★…なんと、登山です


 自然にはまったく興味のない私なのですが、常連のお客さんの誘いで、なんと登山なぞという荒事に挑戦してしまいました。行ったのは、勝山市と石川県との県境にある赤兎山という山です。参加メンバーは常連のT医師とその病院のスタッフ、薬品会社の関係者、放送局勤務のK夫妻、店のヒロミちゃんの総勢11名。鯖江を朝7時に出発、登り口に9時に到着してそこから頂上を目指しました。

 ここだけの話、私はかつて記者時代に皇太子殿下の羅臼登山に同行しながら、体力不足で登山せずに麓で待っていたという“前歴”を持っています。しかも、倒れて福井に帰ってくるまでは“不健康生活”。そして今も、バーのおやじですから…。そこでこの登山計画に先立ち、実はその2週ほど前の週末にも勝山市の「東山いこいの里」に常連たちと出かけ、近くの大滝という滝まで山歩きをして備えていました。

 しかし…。前日は「帰りたくない…」という常連のお客さんにお引き取りを願って午前2時に店を閉めたのですが、起きてみたら自分の酒臭さにうんざり。安請け合いして参加したものの、はたして本当にみんなに付いて行けるのか…、という状態での出発でした。はたして、馬力が続いたのは最初の10分だけ。そこから後は、苦難の行軍です。

 ただ、1時間ほどの小原峠に着いたあたりから酒が抜けてきたのかいい感じで汗が出始め、快調なペースをキープ。峠からは上りも急になっていきましたが、それでも1時間半ほどで無事に頂上に到着しました。そこで喰ったオニギリの旨かったこと。タバコも、コーヒーも、旨かったこと。帰りも順調で、2時間ほどで無事に帰還しました。たまには身体の全身を使っての運動もいいもの、です。

 

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(上)頂上に到達、T院長が大はしゃぎ。そこから先の小屋をめざしてもう20分ほど。そこで昼ご飯(中)昼ご飯中のK夫妻(下)下山してきて一服。タバコがうまい!

 

 

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★…連載:幕末と福井の熱い関係[1]鯖江藩主・間部詮勝


 幕藩体制の江戸時代、今の鯖江市を中心に鯖江藩5万石がありました。藩が出来たのは1720年(享保5年)のこと。越後・村上藩主の間部詮言(まなべ・あきとき)が鯖江に移封されて誕生しました。詮言(あきとき)の兄の詮房(あきふさ)は、6代将軍・徳川家宣の側用人に登用されて大名にまで上り詰めますが、家宣の子・家継が亡くなって吉宗が将軍に就任すると失脚。詮言(あきとき)はその流れで村上藩から飛ばされた格好です。

 しかし、そんなトホホな大名も、7代目の藩主・詮勝(あきかつ)は幕末期に老中首座となって重要な役目を担います。詮勝(あきかつ)が藩主になったのは、1814年(文化11年)。時の11代将軍・家斉の側近として奏者番、寺社奉行、大坂城代、京都所司代などを歴任します。その後、西丸老中に。しかし、天保の改革を行っていた水野忠邦から、奢侈好みだった家斉の最晩年の側近だったと疎まれて老中を辞任します。

 ところが、1858年(安政5年)、井伊直弼(いい・なおすけ)が大老に就任すると、再び幕閣に登用されました。小さい藩の藩主ですから大抜擢なわけで、彼に能力があった証拠でしょう。勝手御入用掛(財政担当)と外国御用取扱(外交担当)を兼務、さらにその後、勝手掛老中に登用され、朝廷対策、日米修好通商条約の調印など外交問題を担当。そして、あの有名な「安政の大獄」では主役の井伊の重要な脇役の一人となります。その活動ぶりについては、「週刊ポスト」で井沢元彦さんが連載『逆説の日本史』がこのところずっと書いていました。そのことを早くお伝えしようとして遅れてしまいました、すいません。

 「安政の大獄」で、井伊は反対派の一橋派や尊皇攘夷派を徹底弾圧します。そして、それで長州藩士の吉田松陰(よしだ・しょういん)をはじめ、福井藩士の橋本左内(はしもと・さない)、小浜藩士の梅田雲浜(うめだ・うんぴん)は処刑されてしまい、福井藩主の松平慶永(まつだいら・よしなが=春嶽・しゅんがく)も隠居謹慎を命じられました。その苛烈さを評して、「井伊の赤鬼」、「間部の青鬼」とも言われます。

 その恨みを買ったせいでしょうか、明治維新を迎えた後、鯖江藩と藩主・詮勝(あきかつ)はあまり取り上げられなくなります。学校でも教えられた覚えがありません。幕閣という仕事とはいえ、福井藩に苛烈な処分を下す一翼を担ったことが、その後の詮勝(あきかつ)の評価に災いしたのでしょうか?



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